静岡県の城跡ー中世城郭縄張図集成ー(中部・駿河国版)第二刷

静岡県の城跡ー中世城郭縄張図集成ー(駿河国版)

静岡県の城跡ー中世城郭縄張図集成ー(駿河国版)

『静岡県の城跡ー中世城郭縄張図集成―』(中部・駿河国版)第二刷は完売しました
頒布価格:4,000円(送料別途 350円)

巻末の城郭分布地図
国土地理院 1 : 25,000 数値地図に正確に標された城郭位置と索引

静岡古城研究会40年の調査研究成果をまとめた集大成。新たに発見・確認された城砦を含め、駿河国(静岡県中部)の城館跡374ヵ所を実測縄張図とともに概説している。定説にこだわらず現地の縄張構造や地理的環境、周辺城砦との関連などから追究しており駿河国における戦国期の様相が詳細に理解できよう。巻末には、国土地理院 1:25000数値地図上にすべての城郭位置を正確に標示し、ガイドブックとしても役立つ。なお静岡古城研究会では、引き続き遠江国版・伊豆国版の編纂事業に取り組んでいる。

 

静岡県の城跡ー中世城郭縄張図集成ー(中部・駿河国版)第二刷” への1件のコメント

  1.  遠州地域の中世城跡を編集されているとの事。楽しみに待ちます。
    自分は掛川出身で掛川城大工の末裔と思っています。掛川城攻城戦の笠町砦跡が掛川市、その他大勢の学者皆様が仁藤町の現神明神社の場所を笠町砦と比定し始めてかなり経ちました。地名を無視した笠町砦の比定は酷いものだと前から自分だけ主張しています。
    明治5年の住宅地図が市立図書館に原本があります。笠町の北外れに土屋五四郎が山内家から拝領した屋敷地と思われる250坪程度の土地は、掛川城仁藤門南、逆川の対岸。天然寺の東に三角形の土地。これこそが笠町内の砦跡と考えています。元文四年の分村鑑帳に掛川宿内の除地としてこの土屋屋敷地(分家し2軒)が明示されています。(尚、掛川藩士となっていましたので明治に千葉へ転封しています。)坪数等考慮すればこの地が拝領地(笠町砦跡)と自分は、考えます。この場所は、仁藤門を睨み、砦の南側から東に行くと逆川の渡渉箇所(江戸時代は橋を掛けてあった。)攻城に最適の立地と考えますがね。一個人の意見は、力がありません。

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