高天神城大手口の南域で山城発見


『静岡県の城跡-中世城郭縄張図集成-』(西部・遠江版)の調査・編纂事業は、平成25年度から始まっている。今年は、東遠地方(吉田町・牧之原市・御前崎市・菊川市)と中遠地方の森町・掛川市域で進め、特に調査委員全員で旧大東町の高天神城周辺の城砦群を再調査した。まだ、調査域の半分程度であるが、下土方地区と岩滑地区の二か所で山城の発見を見た。ここでは、下土方畑ヶ谷で確認した「茂平地砦」を取り上げたい。

茂平地砦(左丘陵) 下土方畑ヶ谷には「畑ヶ谷砦」が知られ、その西の「茂平地」地名の丘陵上(写真左側)に存在。写真右側は高天神城西の曲輪・高天神社から南に延びる支尾根で、近くに「門口」地名があることから大手口を押える位置関係にあった。

 

 

 

高天神城遠望

茂平地砦からの北方には高天神城の全貌が窺える。山上には高天神社が見え、その支尾根先端に小字名の「遠見山」(写真右側)と対峙する位置関係である。

 

 

 

同砦は、東西軸の丘陵上に曲輪配置されているが、南丘陵上は国のパイロット事業に伴う畑地開墾の跡である。その支尾根が北に向かうところに曲輪、土塁、腰曲輪、横堀が築かれ、小規模であるが縄張りは付城であろうか。 茂平地砦縄張図 (転載禁止) 茂平地砦山上削平部

 

 

 

 

 

山上を削平した単郭式の曲輪内。西辺に土塁状の土壇が認められる。          茂平地砦切岸

 

 

 

 

山上曲輪の北山腹は8mの切岸で、立ちはだかる壁として圧倒する。          茂平地砦横堀

 

 

 

 

北山腹の最下段には、小規模であるが横堀が構えられている。

 

 

 

 

 

高天神城を囲繞する城砦群調査については、多くの先達研究者により見解を記しているが、今回の調査で、特に曲輪の大半が畑地の開墾跡であった。城郭史研究を担う縄張研究部門では、この見極めが重要で、同砦遺構は視点・観点を養う上で良い指標となる山城である。 (水野 茂、乘松 稔、小川 勝)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です