「新野左馬助公展示館」公開のご案内

平成25年11月2日、享年88歳でご逝去された本会名誉会長・鈴木東洋氏の邸宅(旧 鈴木医院)が、新野左馬助公顕彰会の皆さんのご尽力により「新野左馬助公展示館」として生まれ変わりました。大河ドラマ「おんな城主直虎」では、直虎の伯父として井伊家存亡の機を救った人物役で登場していますが、医師であった東洋氏は地元新野にある舟ヶ谷城の城主・新野左馬助についての研究に早くから取り組まれていました。
地域医療のかたわら昭和47年に静岡古城研究会を小和田哲男名誉顧問等と共に創立すると、翌48年には地元有志の皆さんと新野左馬助公顕彰会の前身である新野左馬助公遺蹟保存会を立ち上げ、左馬武神社(左馬助墓所)の改築等を行っています。
そのご功績から半世紀近くたった今、そしてご逝去されて4年目になる今、全国の茶の間の大河ドラマに新野左馬助が登場するなど夢にも思っていなかったのではないでしょうか。

同館では、新野左馬助の生涯や舟ヶ谷城をはじめとした新野地区の史跡と静岡古城研究会の紹介、また、鈴木医院の診察室が当時のまま保存展示されています。
本会では、平成29年度事業の中で、同地区の城跡と合わせて「新野左馬助公展示館」の見学会を計画し、鈴木東洋氏の遺徳を偲びたいと思います。(文責:平井)

 

 

 

 


新野左馬助公の里パンフレッ
トPDF

新野左馬助公展示館パンフレットPDF

 

第254回見学会のご案内 

井伊氏の牙城・三岳城と直虎

今年もあと数日を残すばかりとなりました。大河ドラマ「真田丸」は最初から最後まで高視聴率を維持し、真田氏の人気はもちろんですが戦国中世への興味関心を、さらに高めたのではないかと思います。
来年はいよいよ、本会名誉顧問の小和田哲男氏により時代考証が行われる「おんな城主 直虎」が始まります。歴史好きな方にも余り知られていない女城主・直虎とは、一体どんな女性だったのか、なぜ男子名を名乗ったのか等々、興味深いドラマになるのではないでしょうか。そんなことから浜名湖の北部地域は、すでに直虎一色の感があり、井伊谷を中心に多くの歴史観光客で賑わいを見せています。
新年早々の見学会は、井伊家1000年の歴史発祥地である井伊谷に所在する居城「井伊谷城」と詰の城「三岳城」をメインに、同家の氏神「渭伊神社」、菩提寺「龍潭寺」と宗良親王墓所「井伊谷宮」、さらには大河ドラマの世界観が楽しめる「おんな城主直虎・大河ドラマ館」等を見学したいと思います。
「真田丸」の時代と併行するように遠江国で繰り広げられた井伊家の数々の危機やそれ以前における同地の戦乱模様を山城の観点から探求してみたいと計画しました。 大勢のみな様のご参加を期待しております。

  • 実施日:平成29年1月15日(日曜日) *小雨決行
  • 見学先:浜松市北区引佐町 井伊谷城・三岳城・渭伊神社・天白磐座遺跡・龍潭寺・井伊谷宮・大河ドラマ館〔脚力レベル: 3/5 ★★★☆☆ 〕
  • 参加費:会員4,500円 非会員5,500円 ※大河ドラマ館入館料含む
    当日バス内で集金
  • 乗り物:市沢バス 〔集合場所:静岡駅南口・ロータリ交差点付近〕
  • 身支度:ハイキング程度の服装(滑りにくい靴・雨具)・弁当飲物類
  • 担 当:乘松理事・各務理事・平井事務局
  • 締切り:定員になりましたので締め切りました
  • 日 程:※メールには必要事項および乗降希望場所を明記してください。
    8:00 静岡駅南口出発 → 東名・静岡IC → 8:30焼津IC → 8:50菊川IC → 9:05 袋井IC → 9:15 浜松IC → 9:25 浜松西IC → 9:45井伊谷城と周辺 → 11:30三岳神社~三岳城(昼食)→ 13:50 渭伊神社・天白磐座遺跡→ 14:30  龍潭寺・井伊谷宮→ 15:45大河ドラマ館 → 17:10 浜松西IC → 各IC → 18:20 静岡駅南口帰着

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興国寺城 二の丸虎口土橋の発掘調査報告Ⅲ

水野会長から興国寺城発掘調査の報告がありましたので掲載します。

要旨:昨年度から進めていた三の丸から二の丸をつなぐ土橋調査であ るが、最末期にあたる天野氏期の盛土の土橋から西側の堀の中に 石列が見つかっていた(盛土側に石面・東向き)。今回は、その対と なる西側に石積みが確認され(西向き)、数回の改修が分かった。 さらに、三の丸大手付近の外堀に落ち込む急斜面と、地山が大き く盛り上がった土塁跡が確認できた。
興国寺城二の丸土橋の発掘PDF

富士・沼津・三島3市博物館共同企画展「駿東・北伊豆の戦国時代」開催のお知らせ

三島市郷土資料館では「北条五代と山中城」がメインテーマで平成28年10月15日(土)~平成29年1月22日(日)まで沼津市明治史料館では「駿豆争乱 国境の攻防」がメインテーマで平成28年11月12日(土)~平成29年1月29日(日)まで富士市の富士山かぐや姫ミュージアムでは「三国同盟とその周辺」がメインテーマで平成28年12月17日(土)~平成29年2月26日(日)まで開催されます。

関連講演は、三島市は既に終了(11月13日 黒田基樹氏)しましたが、沼津市は1月8日(日)14:00~ 則竹雄一氏が「戦国の争乱と沼津-境界の戦国史-」という演題で、富士市は1月29日(日)14:00~ 松本将太氏が「大宮司富士氏と大宮城」という演題で行います。申込み方法など詳細は、両博物館のホームページをご覧ください。

 

第253回見学会「新見解による信玄・勝頼の久野城攻め」参加報告

久野城東側にて

久野城東側にて

久野城本丸跡で水野会長の説明を聴く参加者

久野城本丸跡で水野会長の説明を聴く参加者

高平山砦北側にある遍照寺(本堂及び大仏の裏側に土塁が残存)

高平山砦北側にある遍照寺(本堂及び大仏の裏側に土塁が残存)

発掘で確認された高平山砦南部の堀跡付近にて

発掘で確認された高平山砦南部の堀跡付近にて

11月20日(日)、前日の雨も上がった晴天の下、第253回見学会「新見解による信玄・勝頼の久野城攻め」が予定どおり開催されました。見学会は、バスの定員を上回る36名の参加者があり、一部の方は自家用車で移動をお願いするほどの大盛況の見学会となりました。

一行は、まず今回の見学会のテーマの「標的」となった久野城を見学しました。同城は袋井市の教育委員会によって発掘調査及び整備が行われており、見学しやすい状態になっています。同城は織豊期に豊臣系大名の松下氏が入った際に大規模に改修され、江戸初期に北条氏重により徹底的に解体が行われているため、それ以前の状況を伝える遺構はわずかですが、それでも16世紀後半に武田軍と徳川軍が対峙していた際の位置付けを確認することができました。

 

次に、本庄山砦跡の麓を通って以前発掘調査で発見された大規模な横堀跡を見学した後、最近水野会長らによって発見された高平山砦跡に向かいました。同砦跡の北側には江戸時代に造られた大仏のある遍照寺があり、一行はそこで昼食をとりました。その遍照寺の本堂北側には、城郭に関連するものかどうかわかりませんが、土塁が残存しています。

昼食後、森町教育委員会の北島恵介氏の案内で、いよいよ高平山砦跡の現地へ。砦跡のあった丘陵上は弥生時代の集落遺跡や古墳群があり、古くからの人間の生活の跡がみられました。それらを横目に見ながら南側へ行くと東西に少し窪んだ場所があり、北島氏がそこを試掘した結果、堀状の遺構が出てきたとのことでした。そして更に南に行き、東側の斜面下を見ると、大きな「横堀」がありました。本庄山砦の発掘調査の際に発見された横堀と類似しており、高平山砦は武田信玄・勝頼が元亀~天正年間に久野城攻めの拠点として築いた砦である可能性が考えられます。

高平山砦南東の横堀(!?)

次に、飯田城を見学しました。この城は、当初は今川氏の被官である山内氏の居城であったということですが、同氏が徳川家康に滅ぼされ武田信玄が遠江に侵攻した後は、徳川軍・武田軍の陣城として活用された可能性が高い、とのことです。参加者は水野会長の説明を聴きつつ、土塁や堀切、虎口など見応えのある遺構を丹念に観察していました。

飯田城物見曲輪の説明板前で水野会長の説明を聴く参加者

今回は、元亀~天正年間における武田・徳川両軍の城郭遺構を訪ねた見学会でしたが、高天神城の攻防とはまた一味違った両軍のせめぎ合いの様相を垣間見ることができ、充実した見学会であったと思います。

(文責:望月保宏)