東海しろあとセミナーのご案内

  • 日時:9月27日(土曜日)午前9時50分~午後4時
  • 場所:アクトシティ研修交流センター、浜松城
  • 内容:東海地方の城跡発掘調査報告、浜松城現地説明会
  • 定員:70人(応募多数の場合、抽選)
  • 費用:100円(保険代)
  • 講師:小野友記子さん(小牧市教育委員会)ほか
  • 申込:往復はがきに、住所、氏名、年齢、電話番号、「東海しろあとセミナー参加希望」と、返信用の宛名を書いて、浜松市文化財課(〒430-8652中区元城町103-2)へ【8月29日(金曜日)必着】

※はがき1枚につき1人の申し込みです。
午前中は小牧山城、岐阜城、浜松城の発掘担当者が講師を務めます。
午後は浜松城(清水曲輪)、引馬城の発掘調査の現地説明会が行われます。

高天神城大手口の南域で山城発見


『静岡県の城跡-中世城郭縄張図集成-』(西部・遠江版)の調査・編纂事業は、平成25年度から始まっている。今年は、東遠地方(吉田町・牧之原市・御前崎市・菊川市)と中遠地方の森町・掛川市域で進め、特に調査委員全員で旧大東町の高天神城周辺の城砦群を再調査した。まだ、調査域の半分程度であるが、下土方地区と岩滑地区の二か所で山城の発見を見た。ここでは、下土方畑ヶ谷で確認した「茂平地砦」を取り上げたい。

茂平地砦(左丘陵) 下土方畑ヶ谷には「畑ヶ谷砦」が知られ、その西の「茂平地」地名の丘陵上(写真左側)に存在。写真右側は高天神城西の曲輪・高天神社から南に延びる支尾根で、近くに「門口」地名があることから大手口を押える位置関係にあった。

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もっと知りたい! 鳥羽山城

〜浜松市指定史跡・新指定記念見学会のご案内〜

2014年2月、新たに鳥羽山城跡(天竜区二俣町)が浜松指定史跡に指定されました。
新指定を記念し、現地見学会を開催いたします。本丸に残る庭園遺構や石垣なども見
学しやすいように整備を進めているこの機会に、貴重な歴史遺産にふれてみません
か。

  • 日時 2014年3月29日(土曜日) 午前10時〜午前11時30分
  • 会場 鳥羽山城跡 本丸(受付:鳥羽山公園駐車場)
  • 内容 鳥羽山城跡に残る遺構の解説
    新指定にかかわり評価された遺構
    (調査担当職員が説明します)
  • 申し込み 不要 直接会場にお越しください
  • 備考 雨天でも開催いたします。
  • 問い合せ先 浜松市文化財課(053)457-2466

駿府城 レポート1 ― 坤櫓見学会 ―

静岡市は駿府公園から「駿府城公園」へと名称を変え、平成元年から始まった史跡整備事業も順調に進み、そのたびに発掘調査等も実施し話題を提供してきました。県都ととして誇りある大御所家康の駿府城は国の一級史跡でもあり、本会も白眉なテーマとして定期的にレポートをお届けしたいと思います。(水野)坤櫓2

9月末日、静岡市が進めている駿府城公園整備の一環として坤櫓工事の最終見学会が実施された。同公園整備事業は平成3年に策定し、巽櫓、東御門、紅葉山庭園と順次復元整備が進み、今年度は二の丸南西隅にあたる坤櫓が完成真近となった。坤櫓8坤櫓1
構造は木造二層三階の本瓦葺入母屋造で、高さは14mと威容を誇る隅櫓です。建築工事費は 6億3千万円(内2億円が木材費)の費用を投じました。(水野)

 

9月28日(土)駿府城公園に建設中の『坤櫓』(ひつじさるやぐら)見学会が行われ水野会長と小川が参加しました。当日は午前4回・午後4回の計8回行われ約200名を超す参加者がありました。

駿府城は、古くは今川時代の館跡、徳川家康が築いた駿府城と歴史上重要な場所であり、昨年の4月から駿府公園は駿府城公園と名称が変わりました。

下層石垣は家康期のもので刻印が確認された

下層石垣は家康期のもので刻印が確認された(平成19年3月の現地説明会)

二層三階の最上段から家康も見た富士山

二層三階の最上段から家康も見た富士山

今回の『坤櫓』も歴史的遺産の保存整備を目的とした駿府公園整備計画の一貫として平成23年から平成26年3月完成予定で進んでいます。

家康が築いた駿府城は、幾度となく火災や地震などの災害により建替えが行われました。復元にあたり「駿府御城惣指図」、「駿府御城内外覚書」を元に不足部分は徳川家の城である名古屋城の西南隅櫓など現存するものを参考にして建てられています。一般公開は平成26年4月を予定されています。(小川)

 

鳥羽山城跡現地説明会の報告

さる9月29日(日)鳥羽山城跡発掘調査現場の見学会が行われ、当会として水野会長、会員の乗松、宮川、寺島、小川、午後の部には望月副会長と会員の澤田さん、また、遠方(埼玉県)より中世城郭研究会の関口和也氏も参加しました。

本丸入口の隅石(初期的な算木積)

本丸入口の隅石(初期的な算木積)

駐車場に集合し賑わう参加者

駐車場に集合し賑わう参加者

現地でお逢いした中世城郭研究会の関口氏

現地でお逢いした中世城郭研究会の関口氏

鳥羽山城は、徳川家康が天正三年に武田方の二俣城を攻略するために築いた陣城として知られ、天正十八年、家康の関東移封後は豊臣秀吉臣下の堀尾吉晴が領主となり、二俣城と共に石垣等が整備され、庭園や広い大手道がある鳥羽山城は領主の日常生活や儀式の場とし、二俣城は大規模な堀切を設けるなど戦を意識した作りとなっている。

大手道

大手道

今回の見学会は、本丸西側で新たに発見された大規模な石垣群を中心に過去の発掘調査現場を合わせて発掘担当者から丁寧な説明ありました。

大手道の雨水抜き溝

大手道の雨水抜き溝

石垣は自然の石をそのまま積み重ね、大型の石の間には小石を詰める「野面積」の手法が用いられ、本丸を囲む総延長170mにおよぶ(鉢巻石垣や腰巻石垣…説明員の呼称)石垣群は圧巻でありました。

織豊系の石工技術を伝える石垣

織豊系の石工技術を伝える石垣

同城は土づくりの実践的な中世城郭から、政治の場としての性格を帯びた高い石垣を持つ城郭へ移り変わる渦度期の姿を良好に示しており、城郭の変遷を探る上で指標的な事例として注目されています。(小川)

腰巻石垣

腰巻石垣