最新レポート発表会の報告

9月23日(日)開催の新事業「最新レポート発表会」について報告。

開放的なBiViキャン

司会の望月副会長

会場となったBiViキャンは、藤枝駅南口から歩いて1分で、駐車場も完備した交通の便のよいところです。一階の講義室・セミナールームはガラス張りで,他の目的で訪れた人からも見える開かれ場所でした。会員27名、非会員をあわせ延べ77名(受付記名者のみ)の参加者でした。4人の発表者がそれぞれパワーポイントを駆使して報告をしています。以下、概要について順を追って述べます。

鈴木晃太朗さん

1.駿東郡の深沢城について 三島市の鈴木晃太朗さんの発表です。高校3年生で、受験勉強の合間で資料を作成したとのことです。すでに城めぐり歴は8年に達し、縄張図作成はもとよりジオラマまで制作しています。発表は正統派で、まず文献史料を検討し、縄張図からの分析を行ない、写真で説明がされました。単に遺構を紹介するだけでなく、自らの考察を深めていました。

 

 

金刺信行さん

2.富士郡の間門城(夷城)について 当会理事で富士宮市在住の金刺信行さんの発表です。新聞記者をやっているだけに、わかりやすい資料を作成していただきました。間門城(夷城)については、すでにこれ以上の遺構はなく、性格もよくわからないと思われていました。しかし、ていねいに聞き取り取材し、地元の資料から小字を掘り起こしていきました。その結果、新たな遺構の確認ができたことが報告されました。地名だけでなく、大堀切が再発見されたことで、城域が700mにわたる広大なものであることがわかりました。そして文献からの使用がありそうな時期を検討し、河東一乱の時の使用と武田北条の抗争期にしぼり、規模から後者であるとの見解が示されました。

小高巳季彦さん

3.利根郡の長井坂城について 神奈川県厚木市の会員・小高巳季彦さんの発表です。当会が昨年の一泊見学会で尋ねた群馬県の長井坂城についての考察です。見学会の時、小高さんは遺構を観察した結果、既存の解釈との食い違いを感じたとのことです。そこで、今年度の『古城』でその見解をまとめています。今回の発表はそれをふまえたものですが、定説である北条氏築城説を平面構造解釈や街道との関係で覆していきます。また、北条氏の軍事行動から中山築城以前に北条氏以外が築城したという見解が示されました。

平井登さん

4.志太郡の滝沢城について 藤枝が地元の平井登事務局長の発表です。家のすぐ近くにある滝沢の古城址について、地理的環境や地誌にある伝承さらに遺構の特徴から、南北朝期のものと特定していきます。観応の擾乱のとき、駿河では3つの城郭戦がありました。32日間を要した薩埵山の対峙、20日間をかけた大津城の攻防、そして15日間戦われた徳山城攻防戦です。大津城攻は現在、島田市野田の城山に比定する説が有力ですが、とても20日間の攻防をする城の跡とは思えません。また島田東光寺への禁制から今川氏の進撃路が推測されます。そこで滝沢の城山こそが「大津城」であったと推測できます。たいへん説得力がある説でした。

談論の様子

発表の後、水野会長をコーディネーターとしたパネルディスカッションが行なわれました。かなり突っ込んだ質問もありましたが、発表者は自分の解釈を答え、単なる遺構の報告ではなく、深く考えられたものであることがわかりました。(文責:川村晃弘)

袋井市春岡の本庄山砦跡に説明看板設置!

袋井市春岡の地元郷土史家鈴木清壱氏のご尽力により、本年3月22日に春岡神社西駐車場の北側に「本庄山砦跡」の案内看板(設置者:袋井市教育委員会)が立てられました。

本庄山砦に設置された案内看板

本庄山砦と周辺城郭

「本庄山砦」は、機関誌『古城』60号の水野茂氏論稿「山城からみる森町の戦国史(1)」にも登場し、その運用を徳川軍が拠点とした久野城に対抗するべく、武田軍(勝頼期)が軍事拠点とした、との考察が述べられています。発掘調査の結果、武田氏特有の大規模な薬研堀状の横堀が久野城側に対して築かれていたことを論拠とされていますが、「本庄山砦跡」は、大量の兵員を収容可能とする駐屯曲輪をはじめ随所に残る虎口や土塁、竪堀等があって、同地域での戦国大名間抗争の熾烈さを物語ってくれます。山城ファンには必見の価値ある平山城ですので、周辺山城を絡めての現地探訪をお勧めいたします。

看板設置スナップ

「新野左馬助公展示館」公開のご案内

平成25年11月2日、享年88歳でご逝去された本会名誉会長・鈴木東洋氏の邸宅(旧 鈴木医院)が、新野左馬助公顕彰会の皆さんのご尽力により「新野左馬助公展示館」として生まれ変わりました。大河ドラマ「おんな城主直虎」では、直虎の伯父として井伊家存亡の機を救った人物役で登場していますが、医師であった東洋氏は地元新野にある舟ヶ谷城の城主・新野左馬助についての研究に早くから取り組まれていました。
地域医療のかたわら昭和47年に静岡古城研究会を小和田哲男名誉顧問等と共に創立すると、翌48年には地元有志の皆さんと新野左馬助公顕彰会の前身である新野左馬助公遺蹟保存会を立ち上げ、左馬武神社(左馬助墓所)の改築等を行っています。
そのご功績から半世紀近くたった今、そしてご逝去されて4年目になる今、全国の茶の間の大河ドラマに新野左馬助が登場するなど夢にも思っていなかったのではないでしょうか。

同館では、新野左馬助の生涯や舟ヶ谷城をはじめとした新野地区の史跡と静岡古城研究会の紹介、また、鈴木医院の診察室が当時のまま保存展示されています。
本会では、平成29年度事業の中で、同地区の城跡と合わせて「新野左馬助公展示館」の見学会を計画し、鈴木東洋氏の遺徳を偲びたいと思います。(文責:平井)

 

 

 

 


新野左馬助公の里パンフレッ
トPDF

新野左馬助公展示館パンフレットPDF

 

静岡市葵区の『松野城跡』石碑完成

去る11月3日、静岡市葵区松野に伝わる「松野城」について、地元の有志のみなさんが、その存在を後世に伝えたいと城址碑を建立しました。本会の水野会長は、有志のみなさんから依頼を受けて「松野城跡」に関するこれまでの調査研究成果を披露しました。その講演内容をpdfよりご覧ください。松野城跡について.pdf

伊伝文化財団より文化奨励賞受賞!

受賞式

受賞式

静岡県の文化財保護・文化振興のため、文化団体や寺社等に多額の経済的支援を実施している財団法人伊豆屋伝八文化振興財団は、10年前から、文化財の保護や普及啓発に顕著に取り組んだ団体又は個人に「伊伝財団文化財保護振興奨励賞」を授与していますが、このほど当会が昨年の『縄張図集成 駿河編』の刊行等を評価され、同賞を受賞することになりました。

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